長田本町へ

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【消滅した年】昭和41年(1966年)
【現在の町名】長田二丁目
【感想・雑記】 あらかじめおことわりしておきますが、「長田本町」は現役の町名です。今回ご紹介する旧町名はあくまでも「長田本町ヘ」でございます。あしからず。長田本町へは、昭和41年(1966年)の住居表示により長田二丁目となって消滅してしまいました。ん?「へ」ってなんぞや?
というわけで、本日は、旧町名そのものではなく、そのうしろに付く「イロハニホヘト」にこだわってみます。よろしくおねがいします。

長田本町(ながたほんまち)は、江戸時代、石川郡長田村だったところの大半の地域です。このうち文政4年(1821年)に一部が長田町として金沢城下の町として分立したことは前回お話ししました。残りの長田村は、明治22年(1889年)に、隣接する二口村、若宮村、示野村、北広岡村、南広岡村など18村が合併して石川郡戸板村となります。
この明治22年という年は、大日本帝国憲法に合わせて、市制と町村制が制定された年で、全国的に大規模な町村合併が行われました。このとき、石川郡だけでもそれまでの5町322村から、5町39村に激減しています。ただ、このときに消えた江戸時代の村の名前は、新しい村の大字(おおあざ)として消えずに残ることになりました。つまり、長田村は戸板村大字長田、二口村は戸板村大字二口、若宮村は戸板村大字若宮などといった具合です。このように「大字」とは、いずれも江戸時代からの村(藩政村などとよばれます)の区域ということです。
さて明治22年に誕生した戸板村ですが、戦時下の昭和18年(1943年)に金沢市と合併して消滅します。このときに戸板村大字長田だった区域が長田本町になったということです。今も旧市街地ではない地区、いわゆる金沢市郊外の「◯◯町」はかつての藩政村の名残をとどめる大字地名であるところが多いと思われます。

ところで、大字に対して、小字(こあざ)というものもあるわけです。小字とは、大字をさらに細分化した区画です。単に「字」と呼ばれたりもします。地形(窪とか沢とか)やその特徴、田畑などの耕地の名前、目印、前後左右等の位置、など昔の人が呼びならわした小地名が由来となっています。我らのバイブル『角川日本地名大辞典』の巻末付録「資料編」にはだいたい小字一覧がついてますので見てみてください。けっこう面白いですよ。
例えば、長田本町(戸板村大字長田)の小字を調べてみるとこんな感じです。

地形:河原、大豆田坂、蛇島、ドス島
特徴:立長、横長、傾、瓢箪、淵ガ高
耕地:小田、切田、五反田、烏田、向畠
目印:後橋、小右衛門堰、三角樋、瓦場
位置:徳右衛門後、南三前ノ側、天神後
その他:穀租、晴月、天取、犬ノ熊、ノノロ
などなど。分類は適当ですが。。。

このような小字(小地名)は明治に入って全国で整理統合がすすめられました。統合に際しては、代表的な小字を採用したり、複数の小字の頭文字をつなげた合成地名をつけるケースが多かったそうですが、石川県では、機械的にイロハや甲乙丙などがつけられたようです。さらに、地番をつけるとき、全国的には「一村通し」といって大字単位で通しの番地を振ることが多く、小字がなくても大字と地番だけで場所が特定できてしまうため、小字は次々廃れていきました。ところが石川県ではイロハの小字単位で地番をつけたために、イロハの小字がないと場所の特定ができない事態に陥ります。かくして石川県にはイロハの小字が残ることとなったわけです。

以上が地名マニアでは有名な、石川県の「イロハ小字」と呼ばれるものです。県外の人には、住所にイロハニホヘトがつくのは不思議にみえるようですが、生まれつき住所にイロハが付いてる我々にはおなじみの風景なのです。全国的にイロハや甲乙丙の小字が付く地域はほかにもあるそうですが、石川県のように県内全域でイロハ小字がみられるのは珍しいようです。なお余談ですが千葉県の旭市匝瑳市八街市などでは大字単位でイロハのところがあるよ。「千葉県旭市ロ1番地」は日本一短い地名として有名ですね。

さて、話しは戻って長田本町ですが、現在は長田本町ホ、ト、チが残っています。昭和41年(1966年)に早々になくなった長田本町ヘ以外の長田本町イ、ロ、ハ、ニはその後もしばらく残りました。しかしながら、残ったイロハニも、昭和61年(1986年)に大部分が駅西本町になってほぼ消滅してしまいましたが・・・長田本町ではなくてわざわざ駅西本町と名前を変えて住居表示する必要があったのかは疑問です。なお、長田本町交差点は、現在の長田本町からほど離れた金石往還に現存していますが、これも旧長田村のほぼ全域という広大な勢力を誇った長田本町帝国の栄華の跡といえるでしょう。

さてさて、次回もう少し小字の話題におつきあいください。番外編でお送りする予定です。

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現存する「長田本町チ」(上)
長田本町にない長田本町交差点(下)
[参考文献:『角川日本地名大辞典 17 石川県』角川書店(1982)、今尾恵介『地名の楽しみ』ちくまプリマー新書(2015)]
[発見日:平成28年2月14日]