三構

【消滅した年】昭和40年(1965年)
【現在の町名】芳斉一丁目、芳斉二丁目
【感想・雑記】旧町名さがしは思い込みに始まるという格言を胸に秘め、心眼こらして読みましょう。「三」の文字と「構」の右側がかろうじて浮かんでくるではありませんか。しかしながら、おそらく五年後、十年後には読めなくなっていることでしょう。どうにかできないものでしょうか。
さて、町の名前は「三構」と書いて「みつがまえ」と読みます。もともと江戸時代には「高巌寺前(こうがんじまえ)」でした。それが、
「こうがんじ」を「光岩寺」と書きまちがえ、
「光岩寺」を「みつがんじ」と読みまちがえ、
「みつがん(じ)まえ」を「みつがまえ」と聞きまちがえ、
最終的に明治4年、町名が「三構」となった、という変遷をなぞらえてみますと、
江戸時代のおおらかさ・適当さが生んだ、何ともステキな地名だということがわかります。(まあ「まちがえた」とはどこにも書いてないですけどね)
なお、由来となった高巌寺は今も健在です。

 

高巌寺(上)
旧三構町内(下)
[旧町名由来引用元]いいね金沢
[発見日:平成24年3月25日]